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俺はしばらく呆然とし、自分の口に手をあてた。
多分顔は赤い。女から不意打ちのキスをされるなんて、まったくもってみっともない話だ。
「…なにうなだれてるんだい」
がっくりと肩を落とす俺に、能面は眉を寄せて覗き込む。同時にグレーの子猫も俺を見つめて来た。
「ちくしょう、なんだよこの微妙な展開は…」
俺は思わずうめき、能面を抱きしめた。彼女は、右腕だけ俺の背中にまわす。左手は多分猫の身体を支えているんだろう。
「なんだよ奇遇って」
「もうちょっと雰囲気がほしかったかい?」
俺の肩に顎を乗せた能面は意地悪くそうつぶやく。
「…もういい。とにかく、俺はお前が好きだからな」
「うん、両想いだね」
あっさり頷く能面の頭を撫でながら、俺は呆れた。
「お前…もうちょっと恥じらうとかしないのかよ?」
「無理だねえ」
あはは、と笑って彼女は俺の頬にキスをする。俺は思わず身体をはなした。
能面の悪戯っ子のような笑みがなんとも腹立たしい。
「うばっちゃった」
棒読みでさらりと言われ、俺は彼女を睨む。能面は相変わらずの悪戯っ子な顔で猫を撫でていた。
俺は彼女の肩を再びつかみ、唸る。
「お前ばっかりしてないで俺にもさせろよ」
その言葉に、能面はあからさまに呆れた表情をした。それがまたムカつくな。
「ご自由に。でも一つだけ条件が」
「なんだよ?」
俺が首を傾げていると、能面はまっすぐ見据えてきて、でも頬はピンクに染まって目も潤んでいた。
見たことないその表情に高揚していると、能面は小さな声でつぶやく。
「…あたしの名前、呼んでくれないかな?」
俺はしばらく呆然とし、ふっと微笑んで彼女の耳元に口を近づけ、
「―――」
彼女の名前を、初めて呼んだ。
嬉しそうに微笑む彼女の柔らかな唇に、俺は何度もキスをした。
「で、その猫名前何にするんだ?」
「ん?"ダイ"くん、だよ」
「フラッシュバック」完
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