誕生日ケーキ

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そんなわけでケーキ作りが始まったのだが。   彼女は本当に料理をやったことがないらしく、ハカリの使い方はおろか、分量表示の単語すら知らなかった。わたしが説明しては、首を傾げながら「なるほどなあ」と感心する。なかなか調理に入れない。   わたしがキッチン(母がプロなのでやたら広い)で材料を広げていると、彼女は申し訳なさそうにつぶやいた。   「そんなに手の込んだものじゃなくていいからね…」   わたしはそれに頷いて、冷蔵庫から生クリームに、イチゴやオレンジやチェリーを出し、彼女にボールを出すよう頼んだ。彼女は一瞬ボール?と首をかしげ、ああなるほど、と思い当たって大小二つを出してくれた。   「じゃあ、大きいボールに生クリーム入れて。あ、ハカリでちゃんと分量確かめてね」   わたしの指示にきっちりと従って、きっちりと分量を確かめて零さずボールに生クリームを移し、彼女は次の指示を待つ。   「じゃあ泡立て機で角が立つまで泡立てて。電動の使っていいよ」   わたしは別を支度しながら指示を飛ばす。途中、彼女に電動泡立て機の使い方を教えた。大丈夫だろうか。   彼女は慎重にクリームを泡立てる。ボールを抱えて掻き混ぜる彼女の表情は、心なしか楽しそうに見えた。   手応えを感じたらしい彼女はわたしに角って?と尋ね、わたしは説明しながらスポンジを切る。彼女はただ料理の経験がまったくないだけで、下手というわけではないようだ。一度わたしが教えたことは忘れないし、その指示通りきっちりできる。   母の生徒さんにもこんなに優秀な人はいないと思う。   「ところで君は、なにやってるんだい?」   角が立つか確認しながら、彼女はわたしの手元を覗き込んで聞いて来た。   「下ごしらえ、ってところだね。スポンジを切って、フルーツを切って…」   スポンジは母が作り貯めしているのを一つ拝借した。15センチのホールケーキを作る予定なので、ちょうどいい大きさだ。   「あとは何をすればいいのかな?」   ふわふわの生クリームを揺らしながら、彼女はそう尋ねてきた。最初のやる気のなさは微塵も感じられない。   「あとは、トッピングだけだよ。ショートケーキはわりと簡単なんだよ。初心者向きの作り方だし、スポンジはこっちにあるしね」   「へえ、さすが料理教室の先生の娘だねえ」   感心してつぶやく彼女の言葉に照れつつ、トッピング作業に入ることにした。
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