さんま

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あまりのショックと怒りに、こう思い立った。 あてつけで、死んでやる!! 「……大袈裟だなぁ」 「煩い、だまって聞きなさい!」 最初は首を吊ろうと思ったが、どうもその死体は糞尿を垂れ流す、あまり美しいものではないらしい。 で、練炭自殺ならどうかと考えた。 「それでね、炭を取り扱うお店に行ったのよ」 ところが、その店の大将曰く。 「奥さん、ごめんよ。ちょっと今練炭切らしているんだ。少し高いんだけど備長炭はどうかな、この炭は薫り高い良いヤツだよ」 姉の脳裏に、薫り高いという単語が響いた。 なんかこれなら美しそうだ。 「死ぬ人間が美しいか否か、考える?どうでも良いじゃないか」 「あら、死ぬ間際まで美しくありたいってのは女性として大事じゃない?」 でも、その備長炭は思いのほか高価だった。 しかし、どうせ死ぬのだから散財してやろうと大量に購入。 すると、店の大将がいたく喜び……。 「奥さんこんなに買ってくれるのかい、ありがとうよ!そうだ、ちょっと待っとくれ」 店の奥から大将が持ってきたのは脂ののった立派な秋刀魚五匹。 「これはサービスで。持って行きなよ、家内の実家から送ってきたのさ。備長炭で焼いた秋刀魚は最高だぜ!?」 僕は暫くあきれ果てて言葉も発せなかった。 七輪の上では、てらてらと秋刀魚が輝いている。 「死ぬんじゃなかったのかよ。結局秋刀魚焼いている訳だ」 自殺用の、炭で。 だって、と姉は口を尖らせた。 「これ、美味しそうじゃない。私の買った炭のおまけなのよ?私が食べなきゃなんか悔しいじゃないの」 「この秋刀魚、五匹だって?」 「ええ」 ふうん。と僕の意味ありげな呟きに、彼女は何よ?と首を傾げた。 「別に、父さんと母さんと姉さんと僕と。もう一匹は誰の分かなぁと思って」 義兄は、秋刀魚が凄く好物である。 一瞬言葉につまり、姉は叫んだ。 「あんな人!知らないわ!」 「きっと兄さん、書置き見て慌てふためいて迎えに来るよ」 「知らない、絶対許してやらない」 口を尖らせる彼女は、まるで子供のようだと思う。 なんだかんだ言いつつ、結局許してやるつもりじゃないのか、と言いたかったがやめておいた。 姉が鉄箸を掴み、秋刀魚を網の上で返す。 程よく漕げたそいつは「じゅう」と小さく鳴いた。 真っ赤な夕焼け色の空に香ばしい煙が一筋、昇っていく。 end
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