ダブルバインド

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最近『彼』は前向きだ。 つらい治療にも文句ひとつ言わず。 窓に映る自分を見つめていたその視線は、そのまま私に向けられているのだろうか? 彼を思うと、私の心にいつも付きまとっている虚しさが薄れる気がした。 あの青いカプセル。あんなに嫌だったのに、眠るたびに彼が夢に現れてくれるのでちっとも苦ではなくなった。 「最近、窓の外を楽しそうに眺めてるわね」 不思議そうに年配の看護婦さんが私に尋ねてきた。 それはそうだ、窓ガラスの向こうには灰色の壁が有るばかりなのだから。 「ちょっと楽しい空想をね」 「へぇ、どんな?」 「男の人。かっこいい優しい、そんな人を思い浮かべて遊んでいるの」 彼は静かに、戦う。 きっと薬を隠したり、夜眠れないといってはナースコール・ボタンを押し看護婦さんたちを困らせたりしないんだ。 痩せて体力が奪われても、気力が萎えそうになりながらも、諦めたりしない。 彼はたまに私の事を考えたりするだろう。自分より先に発症し、死んでいった可愛そうな私の事を。 大丈夫、辛いのは君だけじゃないんだ。 私をそう励ましてくれるだろう。 そんな彼の事を私は最近よく空想し、自らを慰める。 「理想のダーリンね」 茶目っ気たっぷりに看護婦さんが私にウインクした。 眠りに突き落とされるのが突然なら、浮上するのも唐突。 そして変化が来るのも唐突。
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