さんま

2/3
前へ
/55ページ
次へ
秋の日はつるべ落とし。 井戸なんてそうそう見なくなったし、最近の子供はきっと「つるべ」が何かも判らないだろう。 かくいう僕もまだ高校生なのだが。 学校帰り、真っ赤な美しい夕日を見上げながら家路につく。 夕日の落ちる速度なんて、多分そうそう変わらないだろうと思うのだが、秋の落陽が特別早く感じてしまうのはその美しさからではないか。 あんまり綺麗だから、沈んでほしくないんだ。 家の玄関先では、七輪を持ち出し姉が秋刀魚を焼いていた。 風上に立てば良いのに、煙が直撃する場所に座り込み、団扇で必死にそれと格闘している。 「姉さん!?なにやってんの」 思わず声をかけると、姉は煙たそうに瞼を擦りながら立ち上がった。 「あら、帰ったのね。お帰りなさい。見ての通り、秋刀魚焼いてるのよ」 「いやそうじゃなくて。何で家にいるの?」 すると彼女はむっとした表情になる。 「ここは私の家よ。居ちゃ悪い?」 「いや、そうじゃなくて。義兄さんはどうしたのさ。夕飯の支度、しなくて良いのかい?」 姉は半年前に嫁ぎ、家を出た。新居は隣町にある。 「知らない!あんな人のとこなんか帰りたくないっ!!」 ぶっと頬を膨らまして、彼女は再び七輪の脇にしゃがみ込んだ。 さて、事の顛末は。 義兄が先日出張に行った。 戻ってきて姉が旅行鞄を整理すると、出てきたのはトルコ風呂嬢の派手な名刺で……。 「信じられる!?私という物が有りながら!!」 「それで書置き一つ置いて、戻ってきたのかい?」 呆れてため息を吐くと、彼女はむっとしたようにこちらを睨む。 「だって、裏切りよ。妻には貞淑を求めておいて、自分はどうでも良いって言うの?」 「兄さんにもきっと大人の付き合いがあるのさ、接待とか」 団扇の柄でごつりと向こう脛をえぐられた。結構痛い。 「あんたまで解ったような口を叩かないで!」 私、凄くショックだったんだから! 姉曰く。
/55ページ

最初のコメントを投稿しよう!

120人が本棚に入れています
本棚に追加