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秋の日はつるべ落とし。
井戸なんてそうそう見なくなったし、最近の子供はきっと「つるべ」が何かも判らないだろう。
かくいう僕もまだ高校生なのだが。
学校帰り、真っ赤な美しい夕日を見上げながら家路につく。
夕日の落ちる速度なんて、多分そうそう変わらないだろうと思うのだが、秋の落陽が特別早く感じてしまうのはその美しさからではないか。
あんまり綺麗だから、沈んでほしくないんだ。
家の玄関先では、七輪を持ち出し姉が秋刀魚を焼いていた。
風上に立てば良いのに、煙が直撃する場所に座り込み、団扇で必死にそれと格闘している。
「姉さん!?なにやってんの」
思わず声をかけると、姉は煙たそうに瞼を擦りながら立ち上がった。
「あら、帰ったのね。お帰りなさい。見ての通り、秋刀魚焼いてるのよ」
「いやそうじゃなくて。何で家にいるの?」
すると彼女はむっとした表情になる。
「ここは私の家よ。居ちゃ悪い?」
「いや、そうじゃなくて。義兄さんはどうしたのさ。夕飯の支度、しなくて良いのかい?」
姉は半年前に嫁ぎ、家を出た。新居は隣町にある。
「知らない!あんな人のとこなんか帰りたくないっ!!」
ぶっと頬を膨らまして、彼女は再び七輪の脇にしゃがみ込んだ。
さて、事の顛末は。
義兄が先日出張に行った。
戻ってきて姉が旅行鞄を整理すると、出てきたのはトルコ風呂嬢の派手な名刺で……。
「信じられる!?私という物が有りながら!!」
「それで書置き一つ置いて、戻ってきたのかい?」
呆れてため息を吐くと、彼女はむっとしたようにこちらを睨む。
「だって、裏切りよ。妻には貞淑を求めておいて、自分はどうでも良いって言うの?」
「兄さんにもきっと大人の付き合いがあるのさ、接待とか」
団扇の柄でごつりと向こう脛をえぐられた。結構痛い。
「あんたまで解ったような口を叩かないで!」
私、凄くショックだったんだから!
姉曰く。
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