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二本で良いのだ。二本の細い棒で良い。箸が有れば良い。
なのにテーブルには、銀色のナイフやフォークやスプーンがずらりと並んでいて、僕はうんざりしてしまう。
でも千秋の手前、そんな顔をする訳にはいかず。僕はナイフを両手にしてポーズを取り、向いの彼女に小声で話しかけた。
「見て見て、宮本武さっ!」
言い終わる前に、テーブルの下の僕のすねを千秋のピンヒールが蹴り上げた。
高級そうなテーブルクロスに隠れていて、周りの人には気付かれなかったみたいだった。
「ぐうっ」と小さな苦悶の声を上げて、僕は悶絶するのを何とか我慢する。
泣きたい程痛かった。
そんな僕を無視して千秋はウェイターを呼ぶと、涼しい顔で注文をしている。
ソースブリュンヌがブランシールでスパークリングがエスプレッソ。
およそ解読不能な言語が飛び交い、ウェイターはうやうやしくお辞儀をしてメニューを下げて行った。
いつも行く定食屋が懐かしかった。
がさつなおばちゃんに向かってカウンター越しに「鶏唐定食2つ!」と叫んで、ボロボロの少年漫画誌が置いてあって、テレビかラジオが煩く流れている、そんな場所が。
大きな皿の真ん中ちょこっと何かが載って、そして何かのソースがかかっている。
そんな「お上品」な料理が時間を置いて何度も運ばれて来た。
その都度、僕は千秋に何かよく解らない物体の食べ方をレクチャーされ、沢山のフォークやスプーンを使って言われる通りに口に運ぶ。
最後に運ばれてきたのは、胃に穴が開くんじゃないかってほど苦いコーヒーで。お猪口みたいに小さなカップに入っていた。
砂糖とミルクを山ほど入れたかったけど我慢してそのまま飲んだ。
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