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「貴方の前にここにいた女性はね、発症しても十年、生きたのよ」
年配の看護婦が、そう教えてくれた。
雑菌に触れると途端に病状が悪化する僕の為に、彼女は真っ白な帽子を被り、分厚いマスクと手袋をしている。
そのお陰で、彼女の声は若干くぐもった様に聞こえてしまう。
十年も『生きれた』のか『生きてしまった』なのか。判断が難しいですね。
そう伝えると、彼女は困ったような表情をした……と思う。
マスクと帽子でよくは判別できなかったけど。
「そんな事言わないで、この生活が辛いのは判るけど。医学だって日々発展しているのよ。もしかした一年後、ううん数ヵ月後に貴方の病の特効薬が見つかるかもしれない」
だからそんな悲観的な事、言わないで。そう諭されて、僕はすいませんと軽く頭を下げた。
看護婦は食器の入ったトレイを下げ、僕の腕に点滴針を刺し、今日飲む分の薬を置いて部屋を出て行った。
すぐさま装置が作動し、部屋中の消毒液臭が増す。
無菌室。
僕はこの部屋から、もう半年も出ていない。
薬を口に含み、なんとか水でそれを流し込む。
ベットに横になり、胃でカプセル剤が溶けるのを待つ。しばらく待てば、強烈な眠気が僕をさらってくれるだろう。この陰鬱な世界から。
……それでも、最近は夢など見ないのだが。
何も無い闇から目覚めると、また何も無いこの真っ白な退屈が有る。
いっそ、早く終われば良いとすら願うのだ。
生きる事が無理なら、開放してはくれないか。
最近は『あちら側』があまり怖くない。
天国なのか地獄なのかそれとも無なのか。
ここで無いのなら、変化があるのならば、大歓迎なんだ。
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