禿げた店主の居酒屋

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  「もうすぐだから――」    彼は振り向いて、そう言った。  ぼんやりとした外灯のせいで、彼の顔は暗く影になってはっきりと見えなかった。  わたしは今、とある地方のとある町、小さな歓楽街の路地裏にいる。    初めて訪れた町だった。    都会にくらべれば、店の明かりは多くはなく、人通りも少ない。さみしい感じがしたけれど、不思議な懐かしさが、わたしの胸にあった……。  夜――  町灯の少ない狭い小路を、彼とわたしは一緒に歩いている。  ラーメン屋ののれんが、風でヒラヒラとしている。  この地方は都会より北にあって、夜はまだ肌寒かった。  唐揚げのこうばしい匂いがする。  たぶん、右手に見えている赤い看板の居酒屋だろう。  どこからか、大声で怒鳴るようなカラオケが夜の風にのって聞こえてくる。その歌声は、酔った中年の男性で、サラリーマンだと思われた。  どうしてあんなに音程がハズれるんだろう?   「ふふっ……」    下手なカラオケに、おもわず笑ってしまった。   「どうしたの?」   「あ、いえ、なんでもないんです」   「ふうん――」    町並みだけではなく、初めて会った彼にも、不思議な懐かしさを感じていた。    今日の午後、お昼過ぎの早い時間に、わたしは父方の親戚の結婚式に出席していたのだった……。
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