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「おい、ヤギ、いつまでぶつぶつ言っているつもりだ」
いつの間にかハタさんが、ヤギさんのうしろに立っていて、そう言った。
ヤギさんは振り向いて、
「おや、ぼっちゃん。商談はもう、よろしいのですか?」
そう言った。
「ヤギ、おまえの念仏のような辛気臭い話し声で、リュウさんが気味悪がって帰ってしまったではないか。商談は破談したぞ」
ハタさんは、ヤギさんには平気でそういうことを言う。これは、ハタさんのヤギさんに対しての、ひとつの愛情表現なのだろう。
「はい、はい、わかりましたよ、ぼっちゃん。終わったと素直にそうおっしゃればよいものを…、わざわざ美しいお嬢さまの前で―」
言わなくてもいいのではないか。そういうふうなことをヤギさんは言った。
そのやりとりを見ていると、とても微笑ましく思える。
ハタさんは、空いている椅子に腰掛けた。
右手に新しいワインボトルを持っていて、それをテーブルの上にコトッと置いた。
「あ、ハタさん、またワインをもってきたんですね」
「ああ、これはそのワインよりいいやつなんだ」
「ぼっちゃん、そのワインは…」
「セラーの奥にあったヤツだ」
「はい、わかります。V.V.ですね」
V.V.…?
「ハタさん、ヤギさん、V.V.って、いったい…、どんなワインなんですか?」
「古木だよ」
「古木です」
ハタさんと、ヤギさんの声がかさなった。
それが妙におかしくて、こらえきれず「フフフ…」と、右手で口を押さえながら笑った。
この店の感じと、ふたりのもっている雰囲気のせいだろうか?
わたしは普段とは違う笑い方になっていることに気が付いていなかった。
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