10人が本棚に入れています
本棚に追加
それに、灰かぶりは静かに首を横に振った。
「私には、今でも幸せと言う奴がわからない」
彼女には、わからない。
「人が折角、無期限に魔法をかけてやったのに。今よりは、よかっただろ?」
「ああ。だから、成り行きだ。つい帰って来ちまった」
彼女にもわからないが、それは恐らく怒りなのか。
魔法でドレスを纏うなど、そもそも彼女の望む事ではない。
青年のやり方に、腹が立った。
「こんな動きにくい服なんていらねえよ。そう文句を言いに来た」
灰かぶりは、堂々と言った。
「はは。何で、上手くいかなかったんだろ? あの場で魔法を解くべきだったか? いや、そもそも俺の実力がお前には不釣り合いだったのか?」
青年は、力なく地面に座り込む。
「俺も駄目だな。魔法なんて習得して、結果がこれだ。小娘一人、幸せにできない」
投げ出す様に、吐き出す様に、青年は灰かぶりに向かって言った。
「おこがましかったよ。お前を無意味に振り回しちまった。俺の道楽につき合わせて悪かったな」
青年は言って、頭を下げる。
「……馬鹿か」
「は?」
顔を上げた青年の顔面に、灰かぶりの拳が飛んだ。
手加減はされているらしく、青年は悲鳴を上げただけだった。
「……何しやがんだよ」
「人の話を聞けってんだ。魔法で私を幸せにできない? 魔法ばっかに頼ってんじゃねえよ。あんた、最初になんて言った?」
「は? お前、何を言ってんだ?」
目を白黒させる青年に向かって、灰かぶりは白い歯を見せて笑った。
何かを企てている様に。
「『お前を俺が、きっちり幸せにしてやるから、俺を楽しませろ』だ。私は、約束を守らない奴は嫌いだぜ」
そう言って灰かぶりは、魔法使いの青年に白い手を差し延べた。
遠い昔か、それとも現代か。
近い未来か、それらを超越した世界なのか。
そんな事は、気にかけるべきではない――何も変わりはしないから。
魔法使いと灰かぶりが、後にどうなったのかは誰も知らない。
ただ、あの鐘の音色の中で、灰かぶりは王子の言葉をはっきりと聞いたとか――
「つまり、君の幸せを願う人間が、少なくとも一人はいると言う事だ」
最初のコメントを投稿しよう!