はなはだ灰かぶり

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「灰かぶり? ふーん。うやむやって感じだねえ」 「ん? 驚かないな」 「驚かないよ。名前ぐらいで」 「そうなのか……」  灰かぶりなど、貴族の名前にあるとは思えないが、王子は気にしている様子はない。 「別に気にするほど悪いものじゃないさ。シンデレラとか言えば、それらしい」 「勝手に変えるな」  王子に向かって、灰かぶりは言った。  もはや、気を遣う気はない。 「少しぐらい、冗談付き合ってくれてもいいと思うけどなあ」  反論する王子。 「私だって、真っ当な名前はあったんだよ。忘れちまったけど」 「訳ありなんだね。だから、踊りもしないのに舞踏会に来た」  唐突に、鋭く話を切り出す王子。  人柄と頭の回転は関係ないらしい。 「違うかな?」 「…………」  ごまかす事は、できないだろう。  つき慣れない嘘は、簡単にぼろが出る。  灰かぶりは悩んだ末、 「私は――幸せになりに来た」  と言った。 「なるほど」  やはり、驚く様子もなく王子は頷いた。 「いや、幸せにならされに来たって言えばいいのか? 私も訳がわからなくてさ」 「それで、君はどうするんだい? 誰の差し金にしろ、最終的には君の意思だろう?」 「それだよ。私には、わからなくてさ。『幸せ』とか『不幸せ』とか。どうすりゃいいんだか」  星空を見上げた灰かぶりだが、すぐに視線を足元に落とした。  何から何まで、不釣り合い。 「君は悩んでいると言う事かな? それなら、少し言っておこうか。『幸せ』って言葉には、成り行きって意味もあるんだよ」 「成り行き?」 「巡り合わせ。君がここに来たのも、こうしているのも成り行きだ。諭す様に言うとね。人は生きているだけでも幸せって事さ。生まれてから死ぬまでは、全部、成り行きだ」 「…………」  まだ、灰かぶりには理解できない事を、王子は言った。  灰かぶりの幸せを肯定する様に。 「君が、これから何をしようと、それは成り行きなんだよ。つまり、君は君らしくありなさい――ってね。我ながら気障っぽいけど」  王子は言って笑った。  灰かぶりは、足元に視線を落としたまま、首を傾げる。 「私らしくって、余計にわからなくなるだろうが。馬鹿か」 「うわっ。胸が痛い」  王子に向かって、大事件に発展しかねない事を言う灰かぶり。  もはや、怖いものなしである。
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