はなはだ灰かぶり

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「あんた。王子だろ? 私なんか諭してどうしようってんだ?」  どうして、王子ともあろう者が自分とこんな風に会話をしているのか。  もう、思い出す事もできない。 「別に、どうもしないよ。言った通り、最終的には君の意思だ」 「私の意思……」  何が何やら、わからない。  彼女にわかる事と言えば、自分が混乱している事だけだ。 「僕から言わせて貰えばね。君は、誰かに慮られて幸せになりに来たんだろう?」  灰かぶりの足元に腰を降ろしながら、彼は言った。 「ああ。そうなるな」  あの魔法使いの青年が、果たして灰かぶりを慮っているのかは、疑問ではあるけれど。 「だったら、それでいいんじゃないのかな? 君は満たされている」  言って、灰かぶりを見上げた。 「満たされるって、どういう意味だよ?」 「僕は、こういう性格だから、あまり物事をはっきり言う人間じゃないんだけれどね」  王子は肩をすくめて、それから口を開く。 「つまり、君の――」  その時、大きな音を鳴り響かせて、十二時を知らせる鐘がなった。  走っている。  一心不乱に走っている。  灰かぶりは――走っている。  金色の髪を振り乱し、ドレスは無惨に引き裂かれていた。  土を蹴り上げる両足には、履いていた筈のガラスの靴はない。  汗にまみれながら、灰かぶりは走っていた。  十二時を知らせる鐘が鳴り終わった直後、灰かぶりにかかった魔法は解ける――筈だった。  結果から言うと、解ける筈の魔法は解けなかった。  灰かぶりの名に反して、汚れ一つないままだった。  だから、訳もわからないままに灰かぶりは城を飛び出した。  走りにくいガラスの靴は脱ぎ捨て、ドレスの裾も引き裂いて。  どうしてか、馬車だけ魔法が解けていたせいで、今に至るのだ。  王子が自分を止めなかったのは、予測していたからなのだろうか?  今だからこそ、そんな風に思いながら、灰かぶりは走り続ける。 「あいつ、なに考えてんだよ!」  怒りをぶつけるべき本人が、どこにいるかはわからない。  それでも彼女は、迷いなく走っていた。 「はあ……はあ」  そして、立ち止まった。  呼吸を荒らげながら、正面の建物を見据える灰かぶり。  それは、彼女が日常を繰り返していた家だった。
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