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見慣れた外観を眺めながら、息を整える。
「ふざけた真似しやがって……」
ふらついた足取りで、建物へと近づいて行く灰かぶり。
いくら日頃の雑用で鍛えられた体でも、長い道程を休憩なしで走り続けたのには堪えた様だった。
灰かぶりが扉を開こうと手を伸ばすと、扉が一人でに開いた。
否。扉を開いたのは――魔法使いの青年。
「よう。まさか、走って帰って来るとはな。五里ぐらいはあったと思うぞ」
青年は、言った。
「何のつもりだ?」
彼女は、目の前の青年に苛立ちをぶつける。
なぜ、魔法が解けなかった? どうして解けなかった?
そう言おうと思ったが、疲労で口が回らない。
「何のつもり? それは、こっちの台詞だよ。灰かぶり」
「ああ?」
意味がわからない様子の灰かぶりを無視して、青年は続けた。
「どうして帰って来た? 俺の筋書き台なしにする気なのかよ」
「筋書き?」
察しの悪い灰かぶりだが、それだけ聞けば、さすがに見当がつく。
青年は、意図的に魔法を解かなかったのだ。
十二時までなどと言ったのは、全部大嘘だった。
「最初からか……?」
「最初からだよ。馬車は消したのに、走って帰って来るとは、笑うに笑えないな」
青年は、そう言いながらも笑う。
「面白い奴だったろ? お前みたいな乱雑な女には、ぴったりだと思ったんだが」
「変な奴だったよ。あれで、励ましてるつもりなんだか。腹の底見透かされたみたいで、気持ち悪い」
彼女自身もわからない事を言い当てられるのは、気分のいいものではない。
「あいつなら、お前の疑問を取り払うには調度よかった」
「頭ん中、引っ掻き回されたよ」
「だろうな。でも、いい奴だ。お前を追い出したりはしないのに、どうして帰って来た?」
問いただす様な口調で、青年は言った。
「どうして? そんな事は、私が聞きたいな。言うなら、成り行きだ」
「成り行き……だと?」
「成り行きだよ。私とあの王子様とは不釣り合いだ。あそこに私の場所はない」
「でも……帰って来る必要はなかっただろう? こんな雑用以外に仕事もない家に、帰って来る必要なんてどこにあった?」
嘆く様な声が、闇夜に響いた。
青年の寂漠した表情は、暗くても見て取れる。
「お前は、幸せになりにいったんじゃないのか?」
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