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灰かぶりは、立ち止まった。
ダンスホールの中央で、天井をもう一度見上げてから、視線を正面に戻す。
オーケストラ。
「ふーん。あれが、楽器か」
幼少の頃にバイオリンを見た記憶はあるが、それ以外は名前もわからない。
流れる音楽の良し悪しすら、灰かぶりにはわからない。
ただ、聞き心地は悪くない。
そんな風に灰かぶりは思うのだった。
「にしても、動きにく――!」
自分のドレスの裾を踏んで、灰かぶりは勢いよく転倒した。
怪我はないが、痛みはある。
「あー。これが不幸って奴か?」
言いながら、灰かぶりは物憂い様子で立ち上がった。
幸い。音は音楽で掻き消され、踊りに熱中しているこの場の人間は、誰も気付かなかった様である。
「ああ、不釣り合いだ」
転ばない様に足元に注意しながら、灰かぶりはダンスホールの隅へと移動した。
「まあ、十二時までの辛抱だ。たまには、いいのかな」
ここには、灰かぶりの日常にない物があり過ぎる。
新鮮な思いで、彼女は見慣れぬ情景を感じていた。
服の着心地は、最悪だけれど。
「幸せ……ね」
ダンスホールに足を踏み入れる影があった。
それは、あの自称魔法使いの青年ほど怪しくはないし、灰かぶりの物憂い様子も持ち合わせていない。
ただ、灰かぶりが圧巻させられた城内の装飾の様な存在感。
「これは、すっかり遅刻してしまったな……」
足を止めずに、それは言う。
茶色い髪の男だった。
御付きの者を何人か引き連れている所を見ると、かなり高い身分の様である。
「まあ、東の小国では、決闘の時に二刀流が遅れる規則があると言うし、問題はないだろう。そうは、思わないかな?」
――と、自分より少し後ろを歩く御付きに問いかける。
「あの。いえ……私には判断しかねる問題です」
「別に気を遣わなくてもいいんだけどねえ。主の手を食いちぎるぐらいの勢いがあっても、いいんじゃないのかな?」
「め、滅相もございません」
「あはは。凄い汗だよ。君」
冷や汗を掻く御付きの者を見ながら、男は満足そうに笑った。
こういう性格の様である。
「今宵は、楽しい舞踏会だ。わくわくするなあ――なんて、僕が催した張本人なんだけどね」
男がダンスホールを進むにつれて、音楽とは違う違う騒めきが、周囲に波及して行った。
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