第四章

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ただ、やった事が無かったから気付かなかった。 「わたしは、本当に魔性の者じゃあないよね?」 掠れた言葉が闇に溶ける。 少女の前を走る人は、腕を痛いくらいに引っ張った。 声を掛けても振り返らない長い銀髪の後ろ姿に、それでも少女は叫んでいた。 戻って、と。 腕はひどく痛むのに、進行方向とは逆に抗う。 ふと腕を引く力が弱まり、少女は思わずその人を見上げた。 顔が見えない。 ぱたぱたと繋いだ手に落ちてくる水の滴は、少しだけひんやりとした。 伝わる、とろけるように甘く深い悲しみ。 少女は馬鹿みたいに謝っていた。 悲しませた事が辛くて、どうしようもないことが無力で。 その人の周りは甘い空気に覆われているのに、口の中は苦いものでいっぱいになった。 「ごめんなさい、義姉(ねえ)様。ごめんなさい。」 悲しまないで。 胸に刻み込まれた想い。 そこで少女は自分も泣いていることに気がついた。 どうして泣いているのかは思い出せない。 思い出そうとすれば、胃に冷たいものを直接流し込まれたように、体の奥底から冷えた。 「叶うならば、永遠の忘却を。」 はっとして目の前の人を見れば、ぐにゃりと崩れてモヤのようになり、やがて完全に消えた。
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