141人が本棚に入れています
本棚に追加
/550ページ
ただ、やった事が無かったから気付かなかった。
「わたしは、本当に魔性の者じゃあないよね?」
掠れた言葉が闇に溶ける。
少女の前を走る人は、腕を痛いくらいに引っ張った。
声を掛けても振り返らない長い銀髪の後ろ姿に、それでも少女は叫んでいた。
戻って、と。
腕はひどく痛むのに、進行方向とは逆に抗う。
ふと腕を引く力が弱まり、少女は思わずその人を見上げた。
顔が見えない。
ぱたぱたと繋いだ手に落ちてくる水の滴は、少しだけひんやりとした。
伝わる、とろけるように甘く深い悲しみ。
少女は馬鹿みたいに謝っていた。
悲しませた事が辛くて、どうしようもないことが無力で。
その人の周りは甘い空気に覆われているのに、口の中は苦いものでいっぱいになった。
「ごめんなさい、義姉(ねえ)様。ごめんなさい。」
悲しまないで。
胸に刻み込まれた想い。
そこで少女は自分も泣いていることに気がついた。
どうして泣いているのかは思い出せない。
思い出そうとすれば、胃に冷たいものを直接流し込まれたように、体の奥底から冷えた。
「叶うならば、永遠の忘却を。」
はっとして目の前の人を見れば、ぐにゃりと崩れてモヤのようになり、やがて完全に消えた。
最初のコメントを投稿しよう!