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「それに書いてある通りに、やってみな。大丈夫、お前らはまだまだ続くよ、俺みたいな天才恋愛アドバイザーがついてる限り、な」
洋平はそう言うと、ニッコリ笑って席を立った。そして「健闘を祈る」と言うと、店の出口へ向かった。
「洋平、サンキュな!」
大輔はその背中に大声で呼び掛けた。洋平は顔だけ振り向いてヒラヒラと手を振る。隣の女子高生達が何事かと大輔と洋平を見て、洋平のルックスにキャアキャア言い出した。やっぱりいい男だな、と思い、大輔は残りのコーラを啜る。炭酸モノなんて頼むんじゃなかった、すぐにでも行動を始めたいのに。大輔はコーラを飲み干すと店を出て、小さくゲップをしたあと、走り出した。
ピンポーン
まだ素直に中には入れてくれないだろうなと思いながら、大輔は諳んじていた「歌」を頭の中で反芻する。まゆは許してくれるだろうか。
カチャ、と小さくシリンダー錠が回る音がした。そして小さくドアが開いた。
ドアの向こうには泣いていたのであろう、目と鼻を真っ赤にしたまゆが不満げにこちらを見ていた。そんな泣き顔も愛しくてたまらず、すぐにでも抱き締めたくなったが、相変わらずドアにはチェーンが掛かっていて、それは叶わない。
「鼻、真っ赤」
大輔がそう言うと、まゆは「うるさい」と言って両手で顔を覆った。
「もう大輔なんて嫌い!絶対絶対入れてやんないんだから!」
「なつかしき」
まゆの言葉に覆いかぶさるようにして、大輔は失敗しないように何度も諳んじていた「歌」を揚々と口にした。まゆの表情が怒りから驚きへと変わる。そう、クルクル変わるその表情も好きなんだ。
「色ともなしに何にこの 末摘花を袖にふれけん」
よかった、失敗せずに言えた。大輔はホッとして、後ろ手に隠し持っていた1輪の深紅の薔薇をまゆに差し出す。
「まだ許してくれない?」
「…その歌の訳は『それほどの心惹かれる人でもなかったのに、なぜ末摘花のように鼻の紅いあの人に触れてしまったのだろう』。こういう場で詠むには相応しくないわ。それに、この場合の末摘花っていうのは、単に赤い花なんじゃなくて紅花を指すのよ」
訳は知らなかったので大輔はそれを聞いて一瞬洋平の奴…と思ったが、まゆの表情が見る間に泣き笑い顔に変わっていくのを見て、ホッとした。
「深紅の薔薇なんて、私の光源氏様はキザね」
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