5/7
前へ
/20ページ
次へ
「それに書いてある通りに、やってみな。大丈夫、お前らはまだまだ続くよ、俺みたいな天才恋愛アドバイザーがついてる限り、な」  洋平はそう言うと、ニッコリ笑って席を立った。そして「健闘を祈る」と言うと、店の出口へ向かった。 「洋平、サンキュな!」  大輔はその背中に大声で呼び掛けた。洋平は顔だけ振り向いてヒラヒラと手を振る。隣の女子高生達が何事かと大輔と洋平を見て、洋平のルックスにキャアキャア言い出した。やっぱりいい男だな、と思い、大輔は残りのコーラを啜る。炭酸モノなんて頼むんじゃなかった、すぐにでも行動を始めたいのに。大輔はコーラを飲み干すと店を出て、小さくゲップをしたあと、走り出した。  ピンポーン  まだ素直に中には入れてくれないだろうなと思いながら、大輔は諳んじていた「歌」を頭の中で反芻する。まゆは許してくれるだろうか。  カチャ、と小さくシリンダー錠が回る音がした。そして小さくドアが開いた。  ドアの向こうには泣いていたのであろう、目と鼻を真っ赤にしたまゆが不満げにこちらを見ていた。そんな泣き顔も愛しくてたまらず、すぐにでも抱き締めたくなったが、相変わらずドアにはチェーンが掛かっていて、それは叶わない。 「鼻、真っ赤」  大輔がそう言うと、まゆは「うるさい」と言って両手で顔を覆った。 「もう大輔なんて嫌い!絶対絶対入れてやんないんだから!」 「なつかしき」  まゆの言葉に覆いかぶさるようにして、大輔は失敗しないように何度も諳んじていた「歌」を揚々と口にした。まゆの表情が怒りから驚きへと変わる。そう、クルクル変わるその表情も好きなんだ。 「色ともなしに何にこの 末摘花を袖にふれけん」  よかった、失敗せずに言えた。大輔はホッとして、後ろ手に隠し持っていた1輪の深紅の薔薇をまゆに差し出す。 「まだ許してくれない?」 「…その歌の訳は『それほどの心惹かれる人でもなかったのに、なぜ末摘花のように鼻の紅いあの人に触れてしまったのだろう』。こういう場で詠むには相応しくないわ。それに、この場合の末摘花っていうのは、単に赤い花なんじゃなくて紅花を指すのよ」  訳は知らなかったので大輔はそれを聞いて一瞬洋平の奴…と思ったが、まゆの表情が見る間に泣き笑い顔に変わっていくのを見て、ホッとした。 「深紅の薔薇なんて、私の光源氏様はキザね」
/20ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1人が本棚に入れています
本棚に追加