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晶はメニュー表を持ってきた男性を制してカルボナーラを頼んだ。男性は「ありがとうございます」と言うと優しく微笑んで奥の厨房へと入っていった。1人で店を切り盛りしているのだろうか。
店内にはBGMがかかっておらず、柱時計が時を刻む音と薪の爆ぜる音だけが響く。それが逆に心地よくて、体中の疲れが霧散していくような気さえした。
暫くすると、男性が湯気の立ち上る皿一杯のカルボナーラを持って来た。それを晶の前に置くと、彼は晶の向かい側の椅子を引き、そこに座った。
「…?」
「あなたはこの近くのケーキ屋でパティシエをしてらっしゃいますね?」
突然の言葉に晶は驚く。だがまぁ割と人気の店だし、タウン情報誌などに自分の写真入りで店が紹介されたこともあるし、知っていてもおかしくはないかと思い、晶は首だけでそれを肯定した。
「明日明後日は忙しいことでしょう」
男性は目を細めて笑う。晶は「そうですね」と言って苦笑いした。
それから暫く沈黙が続いた。だがイヤな沈黙ではなかった。その間に晶はカルボナーラを食べ終えると、満足げに微笑んで男性に「ご馳走様です」と声をかけた。
男性は晶が食事を終えたのを見届けると、席を立ち再び厨房へと入っていった。晶は会計をしようと彼が出てくるのを待った。少ししてから、男性は手にコーヒーカップとエスプレッソカップを持って出てきた。
「それは…」
「サービスです。クリスマスも忙しい貴方への」
男性はそう言うと、コーヒーカップにエスプレッソを注いだ。見ればコーヒーカップの方にはバニラアイスが入っている。アッフォガート。バニラアイスにエスプレッソをかけて溶かしながら食べるデザートだ。粋なデザートに晶は純粋に喜んだ。
「ありがとうございます。お言葉に甘えて、いただきます」
男性は微笑むと、レジカウンターへと戻った。
晶はイタリア生まれの小粋なデザートに舌鼓を打ち、食べ終えると席を立った。会計を済ませて店を出ようとする晶の背中に、男性が声をかけた。
「アッフォガートとは、イタリア語で『溺れる』という意味です。よいクリスマスを…」
晶は微笑んで会釈をし、店を出た。
翌日。予想通りの忙しさに、晶は閉店後片付けもせずにイートインスペースのテーブルに突っ伏していた。早いところ片付けをして鍵を閉めて帰らなくてはと思うのだが、体が言うことを聞かない。
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