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ひとまず一服しようとポケットから煙草を取り出し火を点けて、ふと窓の外を見やる。すると晶は向かいの道路から店内を覗き込んでいる女性を見つけた。困惑した顔で店と腕時計を見比べる彼女に、晶は見覚えがあった。
「小野?」
外にいる女性は中学時代の同級生で晶の想い人であった小野祥子に似ていた。確認しようと外に出ると、女性は腕時計から晶に目を移し、「黒田くん?!」と目を丸くして叫んだ。そして左右を見て車が来ないのを確認すると、晶の元へと駆け寄ってきた。
「久しぶりー!黒田くん、なんでここに?その格好は?」
「ホント久しぶりだな。俺この店でパティシエやってるんだよ。小野こそどうしたの?」
「へー、パティシエ!そうなんだ!あたしはねー、実はこの間1年半付き合ってた彼と別れちゃって、1人寂しくクリスマスを過ごすのイヤだったから、せめて気分だけでもって思ってケーキ買いに来たとこだったの。でももう閉まっちゃってたかぁ…」
心底残念そうに呟いた祥子に、中学時代の甘酸っぱい想いが蘇った。晶はなんとか小野を喜ばせてあげたいと、考えを巡らせる。
「そうだ、いいこと思いついた。小野、中入ってちょっと待っててくれるか?」
「え?うん。でも閉店しちゃってるんじゃ…」
「いいよ。俺こう見えて副店長なんだ。その辺は俺の権限でどうにかするさ」
イタズラっぽく笑ってみせると祥子は安心したのか頬を緩め、店内に入った。晶は祥子に椅子を勧めると、厨房へと入っていった。
「おまたせ!」
暫くして戻ってきた晶の手にあったのは、ミニサイズのブッシュ・ド・ノエル。可愛らしいそれに、祥子は声を上げて喜んだ。
「余った生地で作ったんだ。俺もちょうどクリスマス一緒に過ごす相手いなかったし、2人で食べよう!」
晶の提案に、祥子は笑って頷く。ささやかなプレゼントに喜んでくれた祥子の笑顔を見て、晶の胸の奥に小さな明かりが灯った。
「アッフォガートとは、イタリア語で『溺れる』という意味です」
昨日の男性の言葉が頭をよぎる。イタリアとサンタクロースはあまり関係がないけれど、晶には彼が祥子との再会という素敵なプレゼントを運んできてくれたサンタクロースに思えてならなかった。
恋人達が愛を語り合う夜。晶は確かに、これから恋に溺れるような予感を感じていた。
(完)
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