1人が本棚に入れています
本棚に追加
大輔がチキンナゲットの最後の1個に手を出したちょうどその時に、洋平は現れた。ポン、と肩を叩かれて大輔は振り返る。洋平はバイクで来たらしく、小脇にフルフェイスのヘルメットを抱えていた。大輔は煙草を咥えたまま首を横に振り、向かい側の席をすすめた。洋平は小さくサンキュ、と言うと、椅子に座って長い脚を組んだ。
「で?今日は何が理由で喧嘩したっつーんだ?」
洋平が煙草に火を点けニヤリと口の端だけで笑う。
洋平はしょっちゅう大輔の恋愛相談に乗ってくれるのだが、相談内容が中学生男子並だ、と言って大輔は散々馬鹿にされている。それがイヤで今日は理由を言わずに呼び出したのだが、バレバレじゃないか。大輔は苦笑いして自身の煙草を揉み消し、ことの顛末を話し始めた。
「何読んでんの?」
前日がサークルの飲み会で、10時頃ゆっくり起きた大輔は、先に起きていてソファに寝転んで本を読んでいたまゆに寝ぼけ眼で尋ねた。
「んー、源氏物語。あたしこれスゴく好きなの」
本から視線を離すことなくまゆが答える。本を見た感じかなりボロボロだったし余程熱中しているように見え、本当にその本が好きなんだなー、と大輔は納得した。
「ふーん、源氏物語ねぇ…。俺内容おぼろげに知ってるだけで読んだことないんだけど、あれって要するに色好き男の一代記みたいなもんだろ?」
何気なしにそう言うと、後頭部に柔らかい衝撃があった。眠気が一気に醒め、後頭部を押さえつつ振り返ると、足元には去年のクリスマスに買ったペアのクッションの大輔用で青い方が転がっていて、まゆが顔を真っ赤にして怒っていた。
「源氏物語をそんな風に解釈しないでよ!おぼろげにしか知らないくせに!!」
まさかそんなに怒るとは思っていなかったのでおろおろしていると、まゆは立ち上がってソファに掛けてあった大輔のジャケットを取ってそれを押し付け、女とは思えないほどの力で大輔を部屋から追い出した。鍵を閉められ慌ててポケットを探ったが、飲み会から帰って来てからキッチンのテーブルに置いたことを思い出し、肩を落とす。しばらくは玄関前で開けてくれるのを待っていてチャイムを1度鳴らしたのだが、まゆはしっかりチェーンをかけた状態でドアを開けて、大輔に「あっかんべー」をしてみせると、再び乱暴にドアを閉めた。
最初のコメントを投稿しよう!