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見回せば老人の姿ばかりがやけに目に付く。
待合室と呼ぶにはやや広すぎる、しかしホールというには少し狭い、何とも言いようのない空間の片隅に設けられた灰皿の前に、川上雄一はいた。
口にしたタバコは、思い起こせば今日初めて吸う一本だった。
今日が忙しいのかそうでないのか、自分でもよくわからない日だった。
交渉の手違いで取引先と急遽打ち合わせに臨み、その取引先との話し合いが一段落して外に出ると、乗って来た車がレッカー移動で消えていた。
それを受け取りに警察署を訪ね、頭を下げて反則キップを片手に警察署を出たところで内ポケットの携帯が鳴った。
出てみると相手は二日前に尻の疾患で入院した上司で、入院先へ立ち寄って欲しいと、言わば‘私用’で呼び出されたのだ。
「いやあ、この歳になって尻の穴が二つになるなんて思ってもみなかったよ」
呼びつけた上司は自分の尻の疾患を、まるで自慢話のように川上に吹聴した。
「美人のナースに尻に指突っ込まれたときはホント、心底恥ずかしくて死んじまいたいくらいだったよ」
そう言って上司は大きく口を開けて、さもおかしそうに笑った。
男の尻の穴の話なんか聞きたくもないと思いながら、川上は自分を呼び付けた用事を上司に尋ねた。
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