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「それで部長、どんなご用件でしょうか?」
「え?ああすまん、実はこれをF商事の浅山さんに渡してもらいたいんだが」
上司はそう言うとベッドサイドのロッカーを開け、中から大きめの茶封筒を取り出して川上に渡した。
「これは?」
「あ、いやね、今でもなくてもよかったんだが…何だね、仕事残してると何だか落ち着けなくてね」
上司はそう言ってロッカーのドアを閉め、ベッドに横になると枕を背中にあてて半身を起こした。
「まあ、君でなくてもよかったんだが、社に問い合わせたら君がここの近くまで来てるって聞いたもんでねぇ」
「はあ…」
自分でなくとも誰でもよい用件のために呼び出されたことに川上は内心腹が立ったが、上司の手前立腹を顔に出すわけにもいかず、了解した旨を告げると早々に病室を後にし、やり切れない思いのままこの待合室に下りて来たのだ。
「宮仕え…か…」
少し自嘲気味に呟き、川上はタバコを取り出して火を点けると、ひと息深々と吸い込んだ。
川上は今日初めてのニコチンが、肺を介して体中に染み渡っていくのを感じた。
仕事に忙殺され、上司のどうでもよい話を聞かされ、誰が依頼されてもかまわない用事を引き受けなければならない自分に、川上は腹が立った。
いつからこんなに違ってしまったのかと、川上は時々考える。
それは五十をもうすぐ越えるという男が考えるにしては、青臭いことであると川上自身はわかっていた。
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