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社会人となり、結婚もし、子供をもうけ、会社でもある程度の地位にある現在の自分が考える事ではなかった。
それでも川上は考えてしまうのだ。
それはいくら考えても詮無い、結論など導き出せないテーマではあったが、それを考えている間は川上は、何か自分自身を確認出来るような気がするからだった。
『自分が一番なりたくなかった種類の大人』
考えていつも落ち着いてしまうのは、現在の自分を哀れもうとするこの思いだった。
川上はタバコを一口吸うとその吸い殼を灰皿に落とし、上司から預かった茶封筒を掴み、外に出ようと出口の自動ドアに向かおうとしたが、通路に『清掃中』と書かれたプレートがあったので足を止めた。
プレートの向こうで薄いピンクの作業衣を着た清掃員が、懸命に床をモップ掛けしていた。
川上は見るともなしにその清掃員の後ろ姿を見た。
細身の女性であるその清掃員は、作業衣と同じ色のスカーフで髪を包んでいたが、そのスカーフの裾から覗く髪の色は、薄い紅に近い色をしていた。
歳の頃は自分と同じくらいかそれよりも若い感じがするその清掃員は、一定の場所を拭き終えると清掃用具を積み込んだワゴンを押し、次の場所に移動しようとして顔を上げた。
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