ある兄妹の雨の日

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 紫陽花が色鮮やかに、しっとりと地を照らす。  重たい空が、その重圧に堪えきれずに、良く泣く頃。  お陰で地上の非力な人間達が、わざわざ傘なるモノを面倒くさそうに持ち歩き、少しでもその涙に濡れない方法を考えてしまう季節。  どちらにせよ、足下は濡れるのだ。諦めよう。絶賛びしょ濡れキャンペーン中。  ……となる人は極僅か。  要するに、今は梅雨だ。  今日は雨だ。 (どうでも良いけど梅ってなんなの)  彼女はいつものように、自宅マンションのリビングで敬愛する兄が淹れてくれたアールグレイを飲みつつ、ベランダから見える灰色の空を見つめた。 「はぁ……」  知らず知らずに溜め息が漏れる。  彼女自身、全く気がついていないようだが、この十分の間にこれで三七回目の溜め息だ。  彼が認識している限りの回数で言えば、だ。 (桜じゃダメだったの? 桜ならまだ気分も晴れるものを、何故に梅?)  わざわざ『梅』を使っているのにもちゃんとした理由がある上に、実際に『梅雨』が『桜雨』だったとしても気分はさほど変わらないと思われる事は、この際二の次だ。  トン、トンと規則正しく左手の人差し指でガラスのテーブルを叩いている。ソファに身を委ねる事なく、むしろ身を乗り出す格好で頬杖を付き、更に溜め息ばかりの妹を、兄である彼はある種、複雑な気持ちで眺めていた。 「よろしくないねぇ……」  彼は小声でそう呟くと、キッチンから自分用のコーヒーを携え、彼女の前へ音もなく座った。  
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