ある兄妹の雨の日

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 しかし、彼の胸中はそれどころではない。 (『出来た』? ……『病院』? まさか……赤ちゃん!?)  思い詰めた妹の表情。  兄の妄想は膨らむ。 「あれ? 兄貴、いつからそこにいたのよ」  コーヒーカップのガシャッとした余裕のない音に、漸くハッと意識をこの世に戻した妹が、いつの間にか現れた兄にやっと声をかけた時には、もう遅かった。 (ちょっと待って……ルカはまだ十八で、大学生で……) 「……う~ん……」  彼女は少し、眉をひそめた。  兄が自分の問いかけに答えず、自分の世界に入り浸って唸っているなど、初めて見る姿だ。 「……ど、どうしたのよ……?」 「……梅? やっぱり桜かな」 「……はぁ? ちょっと、兄貴!」  兄の呟きに少しの既視感を感じながら、彼女は兄の肩を軽く揺すった。 「……あぁ、ルカ。心配要らないよ」  にっこりと美しく微笑む漆黒の青年が、彼女の前にいた。 「何の話よ?」  そう問い返せば、ますます輝くように笑い、肩に伸ばされた彼女の手を両手でしっかりと握った。 「やだなぁ、ルカの赤ちゃんの話だって」 「……は、い?」  心底、意味不明な彼女を取り残し、彼は続けた。 「心配しなくても、ちゃんと産めるようにするよ? 産まれるのが二月位だから、名前はやっぱり梅ちゃんかなぁ……」  
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