ある兄妹の雨の日

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  「……なにそれ?」 「……お願いです。もう聞かないで下さい……」  彼女の必死な叫びから数分後、彼は我が耳を疑っていた。 「『雨が降ったらどの職種が儲かるのか』を『桶屋が儲かる』風に考えた結論が、雨が降ると滑りやすくなるから軽いキズには薬屋で、酷いと病院にお世話になるって事?」 「……いかにも」  出来ればこんな恥ずかしい呟きは、己の中だけで終わらせたかったと、彼女は悔やんだ。 「ルカ……残念だ」 「………」  ふぅっと溜め息を吐くと、彼はそう言って瞳を伏せた。 「せめて、『雨が降ると滑りやすくなるから、みんな徐行運転になって渋滞が起きる。渋滞が起きるとイライラするからタバコが売れる。厚生労働省のデータを信じるならタバコを吸う人は吸わない人より肺癌になる確率が高くなるから、将来的に病院が儲かる』という、僕が今一瞬で思い至った病院までの道程位の長さが欲しかったな……」 「……悪かったわね、低脳過ぎて……」  はっきり言ってどっちもどっちなのだが、彼女はくだらない呟きを兄に暴露してしまった恥ずかしさのため、その事実を見落としてしまっていた。  はぁっと深く溜め息をつき、肩を落とす妹に、兄は優しく微笑んだ。 「紅茶、カモミールに淹れ直そうか」 「そう……ね」  まだ落胆している妹をそのままに、彼はキッチンへ足を向けた。 (ルカの赤ちゃん、ちょっとがっかりしたなぁ)  あくまでも、相手の男性の存在は全く考えない、シスコンの兄であった。  
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