ある兄妹の憐れみ

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「ねえ、兄貴……」  キッチンから出てきた彼女は、今にも泣き出しそうだった。  そう言えば、先程からキッチンが何やら騒がしかったな、と彼はふと、妹の顔色を見て思い出す。  色素の薄い緩くウェーブがかかった長い髪を後ろでひとつにきっちり束ねたエプロン姿の妹が、気合いを入れてキッチンに向かったのを見たのは、小一時間前。  それはもう、勇ましい程に力強く。  まるで戦地に赴くような勢いで。  しかしこれはどうした事か。  今の彼女はその時とは打って変わって、弱々しげに彼を見ているのだ。 「どっ……どうしたの?」  ただならぬ様子に、彼は読んでいた本をテーブルに伏せ置き、ソファから立ち上がった。  潤んだ瞳が、彼をすがるように見つめている。  益々、由々しき事態だ。  気の強い妹が、自分に甘えるなど、今だ嘗て全く無かった事だ。  どんなにレポートの山が天高く積み上げられようと、喉から手が出るほど欲しいレアアイテムを彼が簡単に入手出来たとしても、彼女が兄を頼る事は一切無かった。  
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