ある兄妹の憐れみ

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「可哀想で……捌けないの……」 「……は?」 「だから、魚が可哀想で、包丁を入れられないのよ……」 「はあ……」  確かに、まな板の上には立派なアジが乗っている。  しかし最早既に魂は抜かれている事は確実で、せめてそれを食す人間は残さず美味しく頂くしかないと思われる状態であって、今更可哀想も何もない。 「素朴な疑問を一つ、良いかな……」  彼は溜め息混じりに、アジの前へ行くと、そう言いながら包丁を手にした。 「……なんでしょうか?」 「じゃあ何でアジを丸々買ってくるのかなぁ……」  その問いに、彼女はハッとした様子で、俯いていた顔を上げた。 「それは! 台所をあずかる女として! 魚の一匹や二匹、おろせないと!! 怖がってちゃダメだと思って、決死の覚悟で買ってきたのよっ!」 「……なるほど」  両の手を握り締め力説する妹の姿に、彼は少し笑って納得した。 「まあ、これは僕がやるよ。ルカは見てるといい。少しは慣れると思うよ」  兄の言葉に小さく頷き、彼女はそっと兄の横へ歩み寄った。  
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