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「ただいま」
玄関を開けると、カレーの良いにおいがした。
「おかえり~」
相変わらず間延びした返事が台所から返って来る。
「良い香りね。兄貴が料理なんてめずらしいじゃない?」
彼女はリビングのソファに無造作にバックを投げた。
「まあね~。ルカは今日疲れているだろうと思ってさ」
「疲れたわよ……特に電車がね! なんなのよ、あの無駄な人だかりは……」
彼女が答え、深い溜め息をつく。
「はぁ? 電車なの? 大学のプレゼンじゃなくて?」
のんびりとした質問には答えず、彼女は無言で声の主のいる台所へ向かった。
「ほんと、おいしそうね」
彼女が言うと、彼は嬉しそうに微笑んだ。
「ところでルカ、『究極の選択』ってあるじゃん?」
「はい? なによ、いきなり」
「カレーを作りながら、僕は考えてたんだよ。『究極の選択』について」
「『究極の選択』って、ハムレット?」
なるべくカレーに関する『究極の選択』には抵触しないように、彼女はとぼけた。
こんなおいしそうな香りのするカレーを目の前にして、あの『究極の選択』の話題は避けたかったのだ。
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