静かな予告

2/8
1013人が本棚に入れています
本棚に追加
/105ページ
 春雨の降りしきる中、僕は歩いている。  小学校の周りに桜の木もここ数日の雨ですっかり散り落ちて、道端に桃色の絨毯を作ってしまった。  傘を片手にもう一方の手で煙草に火をつける。  真っ黒い傘の中から白い煙がゆっくりと外に逃げ出している。  ふぅっと軽く息を吐き僕は欝陶しい雨に濡れないように重い足取りで駅の方へ歩いていく。  雨の日の電車は乗りたくない。  これが一番の憂欝の原因だ。  僕が毎朝乗る電車は通勤ラッシュ時間帯、人が溢れる時間帯だ。  その上濡れた傘を皆が一様に手にしている。  そういう僕も通勤途中、例外なく傘を片手に電車に乗り込むことになる。  いつものように改札機に定期を通し、いつものように、いつもの場所で電車を待つ。  こういう習慣化された日常を挙げればきりがない。  恐らく僕の周りにいる同じように電車を待つ人々とも毎朝顔を合わせているのだろう。  ただ一度でも顔見知りになるということはない。  電車の中というのは、見ず知らずの人と密着するがあくまで自分のテリトリーは誰しもが見失わない。
/105ページ

最初のコメントを投稿しよう!