静かな予告

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 自分一人のスペースだけは自分の部屋と同様に使うことができ、周りのその他を一切排除することができる。  非常に特殊な環境だ。  僕はいつもの指定席、二両目のドアに背中を預け、次に鞄の中から本を取り出す。  これが僕の電車の中での過ごし方だ。  すぐに僕の周りにも人が溢れかえるがお構いなし。  目的の駅まで本の世界に逃避する。  本を読み、その世界へ入っていく。  その間は全くの別世界へ行くことができる。  電車での通勤も悪くない、そう考えている主な理由はこれだ。  欝陶しい電車の中も別の世界へ逃げ込むことによって、毎日を過ごしている。  途中一度乗り換えをして、目的の駅へ着く。  電車からまた人が同じ流れで動きだす。  積止められていたダムが決壊したかのように。  あるいは巣へ帰る蟻の行列のように。  僕もその行列の一部だ。  前の人に付かず離れず進む。  駅から徒歩一分。  僕の一日の大半を探すオフィスに入る。  これが僕の出社風景だ。  毎日、毎朝変わらない。  いつもと同じように鍵を入れノブを回す。  挨拶をいう人間もいない。
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