仕度ノ一「許したくない、ワルがいる」

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観音開きの扉を閉めきり、紅平らは玄竜の話に聞き入った。それは次のような内容であった。 ―鎌本重三郎は柴倉と同じ与力であった。奢嗜取締りの任に柴倉と共についていたという。みつの言うには 「田沼様の頃から柴倉は賄賂を商人に要求するような男」 だったという。松平定信の世になり鎌本と組むようになっても「賄賂の癖は治らなかった」 そして商家から押収した贅沢品を「喜島屋に安く払い下げ」暴利を貪らせていたという。それに気付いた鎌本は柴倉に、 「今、止めれば知らなかったことにする」 と忠告した。かけた恩情が仇となった。 「柴倉の野郎、こともあろうに鎌本が商家から賄賂を受け取っているなどと噂を流しやがった」 無論、身に覚えが無い事であり、身の潔白を御目付役に証明ようとしたが… 「鎌本は自分の屋敷で切腹しちまったのよ」 みつは黄次郎に涙ながらに訴えたという。 「父上は事切れる寸前に私に言ったのです。切腹ではない、柴倉にやられた、と」 玄竜は続けた。 「鎌本が切腹したのが夜中も夜中、みつさんは人の争う音と呻き声で目を覚ましたそうだ」 紅平は首を傾げた。 「みつさんはその事を訴えなかったのかい?」 玄竜は溜め息をついた。 「柴倉はその晩、同心の島田の屋敷で夜通し碁を打っていたことになっいてなあ」 蒼乃助が口を開いた。 「口裏を合わせた…のではないかな?」 玄竜がふふ…と笑う。 「だろうな。柴倉と島田は今もつるんで何やらやっていやがる」 「そいつを黄次郎が調べに行ってるんだな?」 と紅平が聞く。玄竜が鼻の頭を掻きながら答えた。 「まあな。奴等、向島の料理屋に呼ばれてやがる。誰にだと思う?喜島屋にだよ」 その向島の料理屋。奥の座敷で白魚などをつまみ酒を酌み交わす三人。喜島屋、島田、そして柴倉である。柴倉が笑いながら言った。 「うまくゆきそうだな、喜島屋」 「はい。これで吉原に店を出す事ができますしかも、格安で遊女も集められましたし」 天井裏では黄次郎が聞き耳を立てている。
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