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担永寺では紅平が
「元締めだあ?あんないるかいないか分からねえ奴なんぞ気にしてもしょうがねえや」
と息巻いていた。小桃は普段の明るさとは打って変わった厳しい表情で紅平に言う。
「神崎の元締めを甘く見ちゃいけないよ」
その時玄竜は、何者かの気配に気付いた。ぼろぼろの格子窓から、無表情な男が覗きこんでいる。
玄竜は胆を冷やしながら言った。
「神崎の元締め!」
どこかの商家の若主人…といった風体のその痩せた男は無表情のまま、抑揚の無い低い声で仕度人達に言った。
「仕度を再開するのは実に結構。だが見合わぬ値で仕度をしてはならぬ。お前等は殺し屋だ。それを忘れるな。忘れた時は…玄竜、紅平、どうなるか分かっているな?」
神崎の腕が一瞬動いた。何かが放たれる。しゅっ…と音をさせ紅平の頬をかすめ柱に突き刺さった。それは百人一首の取り札であった。神崎の姿は消えていた。紅平は心の中でつぶやいた。
(くそ、動けなかった。恐ろしい野郎だ…)
そこで、どう、と音をたて扉が開いた。一同そちらを向くと黄次郎が。肩にみつを担いでいる。黄次郎はそっとみつを床に寝かす。彼の肩はみつから滲み出た血で真っ赤に染まっていた。
「すまない…助けられなかった。島田が、柴倉が、喜島屋と…」
変装をしている時の黄次郎は別人のように澱みなく話すことができる。しかしそれに構わず紅平はみつに駆け寄り抱き起こす。
「しっかりしなよみつ…小春ちゃん!」
苦しい息でみつは口を開いた。
「その声は紅平さん?仕度人さんは…お金受け取ってくれました?」
「ああ、ああ。受け取ってくれたよ。やってくれるってよ!」
「良かった…お金足りないんじゃないかと思ってた…そうだ、これ、これもお金に足して下さい…父上が買ってくれた簪…お金に苦しいお役人だったのに買ってくれた簪…」
右手にずっと握り締めていた簪を紅平に手渡し、みつは息絶えた。
簪を握り締め紅平は叫んだ。
「神崎の元締め!これなら文句ねえだろう!」
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