仕度ノ一「許したくない、ワルがいる」

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八分咲きではまだ花見をする者も少なく聞かれる心配は無用に思えた。蒼乃助は続けた。 「なんにせよ、相手も分からぬ、仕度料もわからぬでは値踏みの仕様がない。なあ紅平、お主とりあえずその辺の所を聞きだせぬか?」 「お?やってくれるのかい?」 「まあ相手次第だな。面白い相手ならやっても良い」 小桃は気の乗らない様子だった。 「神崎の元締には、仕度の再開せっつかれているけどねぇ…ああ、玄竜の旦那がいてくれたらねえ。」 紅平もそれには頷いた 「ああ。今頃とっつぁんどこで何をやってるんだろうなあ。黄次郎と一緒にいやがるのかなあ」 紅平は玄竜の逞しい体躯を思い出した。彼の坊主頭も。そして黄次郎。彼ら五人の中では一番年下であり無口な男であった。蒼乃助が小桃に言った 「なあ、小桃、お前、今、繋ぎを付けられそうな仕度人に、繋ぎを付けてくれないか?」 「え?助っ人かい?」 「いや。場合によっては我等以外の仕度人にそのままやってもらってもよかろう。要は小春とやらの恨みを誰かが晴らせればよいのだ・・・」 紅平は鼻歌を呑気に歌いながら版元の桑屋升十郎の元へと向かった。桑屋は田沼政権時代の享楽的な流行に乗り様々な滑稽な黄表紙本や、お江戸の性風俗ガイドブック等を出版し急成長した版元である。紅平も経験を生かした、今で言う風俗ルポライターの様な仕事を貰ったり、大人向けの卑猥な・・・今で言うエロ漫画の様な黄表紙の仕事を貰っていた。しかし寛政の改革により綱紀粛正の嵐が吹き荒れ、そういった風紀を乱す書物の類は取り締まりの対象となり経営方針の変更を余儀なくされていた。紅平は桑屋の暖簾をくぐった 「升十郎さんいる~?」 小春に会うには金が要る。仕事を貰い金を前借りしようというのだ。奥から番頭の千一が現われた。四十近いでっぷりとした男だ 「ああ紅平さんでっか?何の用?」 「へへっ千一さん、なんか仕事ないすかね?」 「あ~当節はあんさんの描くようなのはねえ」 出された出涸らしのお茶をすすりながら紅平は言った。 「なんでもいいですからお願いしますよ」 「そやなあ、じゃあ遊女のまことを伝えるような、ちょっと真面目な教訓を織り込んでみたらどないです?蔦屋さんから山東さんが教訓読本とかゆう今までの吉原物とはとはちょっと違ったのを出しとります」
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