プロローグ

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冷たい夜風が肌に心地よい。こんなに気分が晴れたのは何年振りだろうか。 男は静かに立ち上がると一冊の本を大事そうに抱えて部屋を出た。 「アンネ、遂に完成だ。これでロッツはよみがえる。」 アンネと呼ばれた女は子ども部屋にいた。 部屋の主は居ないのか生活観はない。 だがアンネはその部屋を愛しそうな優しいまなざしで見つめていた。 「あなた……遂に完成したのね。」 男の喜びに満ちた声とは裏腹にアンネの声にはどこか哀しみが漂っていた。 「あぁ、私はこれから残された最後の力をこめてこの本に魔術をほどこす。 絶対に解けることのない様な強い奴をね。 これで本は命を得る。 これが私があいつにしてやれる最初で最後のことだ。」 男はやつれてはいるが目はキラキラと輝いていた。 「いいえ。あなたはあの子に本当にたくさんの事を与えていたわ。 本当にいい家族だったもの。」 二人の中には温かい静寂が流れていた。 言葉なんていらない。 そこにいればそれでもう全てを通じ合う事が出来た。 「私はそろそろ行くよ。 君にも色々と迷惑をかけたね。 だが今まで私と共に歩いてくれて本当に嬉しかった。 君と夫婦になれて共に温かい家族が作れたのは私の誇りだ。 最後にもう一つだけ私の頼みを聞いてくれるな。」 「えぇ。わかってる。 この本だけはいつまでも守り続けるわ。」 アンネは止まることのない涙を押し退けながらとびきりの笑顔を作った。 「私もあなたとこれまで一緒にこれて本当によかったわ。ありがとう。」 男は笑顔をのこすと一人静かに夜の闇にのまれていった。 その夜、パドリック村では美しい花火が散った。 まるで一つの人生の灯火が静かに消えていくように……。
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