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校舎玄関、ずらりと並んだ靴箱に上履きを収める。先月買ったばかりのローファーはまだ足に馴染んでいない。
とんとんと爪先で地面を叩き、硬い皮になんとか踵を納めた。
付近には誰も居ないが、校舎の喧騒はここにまで届いていた。
吹奏楽部の自主練習なのか、間延びしたトランペットの音。笑いさざめき合う様な会話の切れ端。誰かが上階の廊下を歩く足音。
無人の学校玄関が、ずらりと並んだ靴箱が、実をいうと私は少し怖い。だから人の気配は安心する。
生きた人の居る世界だと、自分が居る場所は安全だと。
思ったとおり、外は雨が降り出していた。
鞄から折り畳み傘を取り出し、家路のちょうど中間点くらいの場所にあるスーパーへ向かう。
道端の街路樹、その中に淡く色づいた紫陽花を見つけた。
そうか、最近雨が多くなったと思ったら……そろそろそんなシーズンか。
あの鬱陶しい季節がまたやって来る、そう思うと少しうんざりする。洗濯物が乾かなくなるのだ。コインランドリーもクリーニングも、面倒だし勿体無いのに……一昨年、去年と全く同じ事を私は心配している。
傘の表面を、静かに水滴が叩いていた。
夕刻という事もあり、スーパーは中々込み合っていた。小さな子供を連れた主婦が圧倒的に多い、恐らく晩御飯の材料の調達だろう。
私もカートにお目当ての食材を放り込んでいく。スーパーのチラシには掲載されていなかったが、茄子が安かった。夕食は茄子の煮びたしにしよう。
隣で幼い女の子とその母親らしき人が、ジャガイモの袋を手に取りながら何やら軽く言い争っていた。
「だって夜ご飯何が良い?って聞いたのはママじゃない!カレーが良いって言ったのに!」
「あんたねぇ、毎回カレーとしか答えないじゃないの。好き嫌いばっかりじゃ駄目、今日は八宝菜にします。ジャガイモ高いでしょ」
「結局決めるのママじゃないの、だったら最初から何が食べたいかなんて聞かないでよ!」
「聞きはしたけど、それを作るとは言ってないでしょ」
女の子は怒っている様だったが、母親は我関せずとカートを引いてどんどん先に進んでいく。不満げな面持ちで、少女もその後を付いて行った。
いつか、私も母とこんなやりとりをしたのだった。
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