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日曜の夕方は、父と母と私と三人でこのスーパーへよく買出しにきた。
「今日の晩御飯は何が良いと思う?」
「エビフライっ!」
「……湯豆腐」
父と私の答えはいつも食い違う。そして、それが採用された例は無いのだ。
「志乃、揚げ物は駄目。お父さん最近コレステロール値が高いんだから。お父さん、夏に湯豆腐は無いと思うの。……今晩は野菜炒めにしようかしら」
そうしましょう、そうしましょう。と母は自分の意見を採用する事に決定したようで、満足そうに頷くとカートにモヤシとキャベツを入れた。
後方で私と父はお互いに憮然とした表情を見合わせた。
「ねぇお父さん、じゃあ最初から聞くなって思わない?」
「思う。思うけどな、志乃。何でも良いなんて答えたら母さんはもっと怒るだろう」
確かにそうなのだ。「じゃあ何でも良いよ」と軽くそう流すと母はむっとして眉間に皺を寄せる。
「食べるだけの人は呑気で良いわね!毎晩献立を考えるこっちの身にもなってよ」
学校の友人たちに聞くと、皆だいたい同じような経験をしていた。
どこの母親も、理不尽な物らしい。
父親を「一国一城の主」等と称するのはもう太古の昔なのでは無いか。
飯、風呂、床。おい、あれ、それ。
そんな簡単な単語だけで「はいはい」と妻が優しく甲斐甲斐しく世話を焼く、なんて家庭はきっともう絶滅寸前だろう。
亭主元気で留守が良い。日曜日、不燃ゴミが家に居る。一刻一畳の主。
なんだか可愛そうになる様な川柳や例えがたくさん有る。
家庭という国において、その一番の権力者はきっと妻、母親だ。国を磨き上げ、国民の世話をし、そして法律を自分で定める。今日の晩御飯、ゴミだしの当番、行楽の計画、などなど。
家庭という世界の王は間違いなく母だ。
そう、母だったのだ。
売り場の棚を順序に回りながら、最後にお米・小麦粉コーナーから発芽玄米1kgをカートに移す。白米も切れそうだったが、それは重いから日曜に父に車を出してもらった時にしよう。
透明な真空パックの中で、黄色い粒がつやつやと光を反射していた。
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