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白米では無く、玄米ご飯が我が家の食卓に現れたのは突然の事だった。
「何これ、ちょっとボソボソして硬いよぉ」
「……母さん、僕は銀シャリが良いんだけど」
私と父には不評だったが、母は気にもせずに茶碗からわしわしとそれを掻き込んだ。
「食物繊維たっぷりでビタミンも有って、体に良いのよ。これから我が家は三食これですからね」
「えええ~」と私と父は揃って抗議の声を上げたが、食卓の決定権は絶対的に母に有るのだ。結局我が家の主食は白米から玄米へと相成った。
「私最近腹具合がどうもねぇ。便秘がちでお腹が常に張ってるし……」
「母さん、食事中に便秘がどうとか止めてってば!」
家庭の絶対的決定権。
理不尽な、王様。
母が居る事が当然だと疑いもしなかった。
あの時、何故私は詰るような言葉しか紡げなかったのか。何故一言、具合が悪いのなら病院で検査でもしてみたら?と言えなかったのか。
「ありがとうございます、2890円になります」
「あ、ポイントカードあります」
レジで支払いを済ませて外へ出る。先ほどより、多少は雨脚が弱くなっていた。粒子の細かい水が舞っている。雨というより霧のようだった。
傘を広げて、スーパーの袋と鞄をぶら下げて家路を急ぐ。ベランダに洗濯物を干しっぱなしで、それが少し心配だった。
もうすぐ梅雨がやってくる。
今年もきっと私は洗濯物を気にかけるだろう、二年前からそうなのだから。
時も降ってくるのだろうか、と思った。
天から静かに降り積もる。それは傘を広げたところで、避けられなどしない。いくら不変を願っていたとしても。
母が居なくなってから、大腸癌でこの世を去ってから、三回目の長雨が降り出す。
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