緋色の記憶

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  『亜依奈…』 喋り終わった亜依奈を抱き締めてあげる。ずっと触れたかった温もり。 そっと、亜依奈から離れれば、彼女は微笑んで消えた。――還ったのだ。私も、還らなくてはならない。待っていてくれる人がいるから。 ――意識が、深く沈んだ底から浮上する… 「――…さ、……わ…さん、梶原さん!!」 目を開くと、其所は白い部屋。――嗚呼、此所は病院だ。 世話しなく私を呼ぶ看護師は、彼女とは違う顔。 微笑んで見せれば安心為たように名を呼ぶのを止めた。 「良かった、気が付かれましたか…」 「…はい、」 視界の端に映った心電図は私に繋がっていて、見覚えのない医師が微笑んでいた。 「私、生きていて良かった…」 心の底からそう思った。ずっと、死にたかったのに生きていて嬉しいのだ。此れは途方もなく不思議な感覚。 「そうでしょうな」 安心為たように更に優しく微笑んだ医師。 「此れに懲りたら、もう死のうだなんて考えない事です。…貴方には、待っていてくれる人が居ますから」 足元に感じる温かい重さ。見やれば其所には散々傷付けてしまった我が子の姿。 頬に残る涙の跡が痛々しい。    「…ごめんね、」 重い体を起こし、泣き疲れて眠る我が子を抱き寄せる。 ――ずっと、こうしたかった。 自分の腕に巻かれた白い包帯が目に痛い。 私は、彼の待つ世界へ逃げようとしていた。彼の、そして私の愛する娘を置いて。 「…亜依奈、」 ――手首から緋色が流れた時の後悔を、私は忘れない。 もう、貴方を見失ったりしないから。 どうか、此れからも私の側にいてくれるかしら、 傲慢で、弱い母親だけど、貴方だけが私の光。 ――愛してるわ、亜依奈 私と彼の、ただ一人の愛娘。 end_____*
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