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滴る緋が、綺麗だったから、
――――…
ポタリ、ポタリと緋が堕ちる。
何処かで見た赤だ。紅じゃなく緋。
覚醒為きれない頭で、唯堕ちる緋を見つめていた。何れ程の時間見ていたのか分からないが、パタンと音を立てた扉に目を向ける事で呆気なく其れは終わった。
「気が付かれましたか?」
柔らかい女性の声と共にカーテンが開かれる。女性の服装と部屋の内装を見る限り此処は明らかに病院である。ポタリ、また落ちた点滴は輸血らしく、体を動かそうとすれば骨肉が悲鳴を上げた。
「無理しないで下さいね?酷い怪我なんですから。」
微笑む彼女が布団を掛け直してくれながら言う。
怪我。覚えがない、と言うよりも記憶がない。――私は、誰だろう。
「此処は中央病院です。貴方は三日前に運び込まれて、ずっと意識がなかったんですよ?」
困惑が伝わったのだろう。彼女は簡単に説明を為てくれた。だが、勿論思い出す事は出来ない。
自分より自分を知っているであろう彼女に尋ねようかと考えたが、何故か躊躇った。迷う内に彼女は次の仕事の為に部屋を去って行ってしまった。
何故だろう、知りたくないと思ってしまった。知るのが怖いのだ。――ゾクリ、背に嫌な汗が伝う。
一瞬、何か映像が脳裏に蘇ったのだ。覚えのない、だが明らかに自分の記憶。
見えた映像は幸せそうな自分。幸せが伝わって来るのに、悲しい。これ以上思い出すのは嫌だ。
その幸せの先を知るのが怖い。
―― 一体自分は何故此処にいるんだろう。
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