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「ねぇ、ベテルギウスって知ってる?」
少年は呟いた。
「ひっく……べてるぎうす?」
少女が鼻をすすりながら聞き返す。
俺はその二人を眺めていた。
これは……夢?
そうだ……あれは昔の俺。
じゃああっちは……?
俺は泣いている女の子を見る。
誰なのか分かってはいる。
分かっているはずなのに、まるで喉に引っかかったように分からないという矛盾が生じてもどかしい。
「お父さんが教えてくれたんだ。
ベテルギウスって言う星はもうなくなっちゃってるかもしれないんだって。だけどすごく遠いところにあるからみんな気がつかないんだ」
昔の俺は夜空を見上げながら説明する。
「……ここからおうちよりも?」
「ずっとずっと。何でも光の速さでも500年はかかっちゃうんだって。光はとってもとっても速いんだよ」
と、速さを表すように腕を一杯に広げる。
「……ぅん?」
幼い少女はよく分からなかったようだ。
夢の俺は赤く光る星を指差す。
「あれがベテルギウス。綺麗でしょ?」
「…うん。あれはホントはもうないの?」
「かもしれない。本当の所は分からないけどね。僕達が見ているのは五百年前の光だから」
「ごひゃくねん……長いんだね」
少女はベテルギウスに手をかざす。
「うん。見えなくなるのはいつになるか分からないの。
明日か、その次か、もっともっと後かも……。
だから約束。僕と二人でベテルギウスが消える時を一緒に見よ?
ずっとずっと先でも」
「うん……うん……」
少女は泣きながら言葉を噛み締めるように呟き頷く。
「僕達はいつも一緒だよ……小日向〈こひなた〉」
思い出した。
記憶にかかった霧が開き、もどかしさが解消される。
これは俺と小日向の約束だ。
今も続く始まりの約束。
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