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風がこんなに強い音で鳴くのだと知ったのは安倍の邸に来てからだ。 彰子は安倍邸よりもさらに広い,東三条殿で暮らしていた。 貴族の姫君は邸から出ることはほとんどない。 季節の移り変わりを知るのは絵巻物の中だけでじかに肌に感じたことはなかった。 広くて強固な屋敷の奥で暮らしていた彼女には外で悲しそうに吹いている風の音などあまり届かない。 しばし風の音に耳を傾ける。 風が吹く度に木々が揺れて,ザワザワと音を立てた。 こんな身近な音にも自分は知らなかったのだ。 ここに来たばかりの頃は風の音が苦手だった。 風の音は何人もの人間の叫び声に聞こえるから。    
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