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夜になっても眠らない街で、少年は静かに空を見上げた。
高いビルに挟まれた汚い路地から見るには、勿体ない程美しい満月だ。
だが、少年にとって月など意味はない。
「いっそ新月なら、まだ隠れようもあったのにな…」
眠らない街に明るすぎる空。闇に紛れて逃げるには不都合だ。
少年は深く息を吐いた。肺が空になり、体が一瞬の浮遊感に揺らぐ。
瞳を瞼で隠し、徐々に全身の力を抜いていった。
──殺せ、朔夜。殺せ、殺せ、殺せ、殺せ!!
(殺せと言われたから、殺してきた。だが、今は死ねと言われている…)
命令は絶対で、逆らった事など一度もない。だが、何故か朔夜はそこから逃げ出した。
恐怖した訳ではない。どこからか声が聞こえたのだ。
初めて聴いたはずなのに、懐かしさを覚える女性の声。その声は、生きろと言った。
最優先されるはずのボスの命令よりも、その声が朔夜の体を動かした。
だから朔夜は逃げている。自分を生み出し、暗殺者として育て上げ、不要だからと殺そうとする組織から。
朔夜は脱力した体に力を込める。
腹部に走る鈍い衝撃に、眉を顰めた。
「血が、足りない」
逃げ出すさいに腹部に受けた傷からの出血は、未だに止まらない。
絶望的だな、と朔夜はため息を吐いた。
もう、死んでも良いだろうか。あんな見ず知らずの声に従う理由はないだろう。
生きる意味も、死ぬ理由も与えられなかった。結果が組織からの死ねと云う言葉。それだけだ。
感情を与えられていたなら、悲しいと感じただろうか。悔しい、恨めしいと思っただろうか。
朔夜はただ、何も思わず、全てを受け入れていた。
「死…呆気ないものだ」
今まで葬ってきた奴らは、これのどこに脅えていたのか。
人間の感情が解らない。人間に産まれ、兵器として育てられたためか、死に際すらも人間であれない。
自分に近づく無数の足音を耳に捉え、朔夜は笑みを浮かべた。
(…十三人か。道連れには、ちょっと少ないな。けど、上等だ)
立ち上がろうと、思い足に力を込める。
数発の銃声と、低い呻きが夜の路地に木霊した。
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