-朔夜-

3/7
前へ
/18ページ
次へ
 夜になっても眠らない街で、少年は静かに空を見上げた。  高いビルに挟まれた汚い路地から見るには、勿体ない程美しい満月だ。  だが、少年にとって月など意味はない。 「いっそ新月なら、まだ隠れようもあったのにな…」  眠らない街に明るすぎる空。闇に紛れて逃げるには不都合だ。  少年は深く息を吐いた。肺が空になり、体が一瞬の浮遊感に揺らぐ。  瞳を瞼で隠し、徐々に全身の力を抜いていった。  ──殺せ、朔夜。殺せ、殺せ、殺せ、殺せ!! (殺せと言われたから、殺してきた。だが、今は死ねと言われている…)  命令は絶対で、逆らった事など一度もない。だが、何故か朔夜はそこから逃げ出した。  恐怖した訳ではない。どこからか声が聞こえたのだ。  初めて聴いたはずなのに、懐かしさを覚える女性の声。その声は、生きろと言った。  最優先されるはずのボスの命令よりも、その声が朔夜の体を動かした。  だから朔夜は逃げている。自分を生み出し、暗殺者として育て上げ、不要だからと殺そうとする組織から。  朔夜は脱力した体に力を込める。  腹部に走る鈍い衝撃に、眉を顰めた。 「血が、足りない」  逃げ出すさいに腹部に受けた傷からの出血は、未だに止まらない。  絶望的だな、と朔夜はため息を吐いた。  もう、死んでも良いだろうか。あんな見ず知らずの声に従う理由はないだろう。  生きる意味も、死ぬ理由も与えられなかった。結果が組織からの死ねと云う言葉。それだけだ。  感情を与えられていたなら、悲しいと感じただろうか。悔しい、恨めしいと思っただろうか。  朔夜はただ、何も思わず、全てを受け入れていた。 「死…呆気ないものだ」  今まで葬ってきた奴らは、これのどこに脅えていたのか。  人間の感情が解らない。人間に産まれ、兵器として育てられたためか、死に際すらも人間であれない。  自分に近づく無数の足音を耳に捉え、朔夜は笑みを浮かべた。 (…十三人か。道連れには、ちょっと少ないな。けど、上等だ)  立ち上がろうと、思い足に力を込める。  数発の銃声と、低い呻きが夜の路地に木霊した。  
/18ページ

最初のコメントを投稿しよう!

6人が本棚に入れています
本棚に追加