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さて、どんな経緯(いきさつ)があれ、彼女の白い手を取り立ち上がってしまったからには彼女にお礼を言うべきだろう。それができなければ僕はよほどの人間失格者だ。
「……君は、その白い手が怖くないのかい?」
何を言っているのだろう。僕が人間失格者なのはそれはもう生前生後決まっている事柄なので、そこに突っ込みはしないが、『白い手は怖くないのかい?』だって? それじゃあ僕はただの頭のいかれた人間脱落者だ。
いや、本当は僕なんて人間失格者であろうが人間脱落者だろうが実のところどうでもいい話なのだが。
彼女はふむ、と考える仕草を俺に向けた後、にこやかにこう答えた。
「怖い? 怖いのは一夜の方でしょう? ……でも、そうね。あなたがこの手を怖いというなら、私はこの手の所有を放棄するわ。」
そう言って手を後ろに組んで俺に見せないようにする。そんな行為には何も意味が無いのに、何の付加要素もあるわけがないのに、俺は焦った。柄にもなくせかせかと、ちりちりと、ゆらゆらと焦った。
そんな様子を見たからだろうか、目の前の彼女は俺の眼前に手を差し出して
「安心して。あなたの手はちゃんとここにあるんだから」
全く世話が焼ける人ね。と、学校の屋上で青空に向けて高笑いする彼女は明らかに、それこそ一足す一は二であるがの如く明確に、自身の頬に対する紅葉を隠しているに過ぎないことを明示していた。
「ふむ、そんなに照れなくてもいいんじゃないか? 園崎 繭(そのざき まゆ)」
園崎繭、これが彼女の名前だ。ちなみに彼女の性格を言うと、淫美にして聖美、天才にして秀才、ありとあらゆる方面に万能、弱点無しで完全無欠の美少女。誰かが黒色を青色だと言っても決して己の信念を曲げずに黒色という、そういう女。
ただ、ただ一つ運命を間違えているとしたら
ただ、ただ一つ欠点を挙げようと言うのなら
「だって、あなたに恋をしているんだからしょうがないでしょう? 一夜、大好きよ。」
こんな僕に愛情なんていう融通の聞かない低俗な鎖に縛られていることだろうか。
簡素故に難解。全くもって園崎繭という絶世の美少女は僕が赤色と言えば赤色と言う女の子だった。
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