くだらない日常

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 もはや、今まで何回生徒の耳についたかわからないほど聞き飽きたチャイムの音が学校全体に鳴り響く。  午後の授業が始まったのだ。  僕は五ページ迄しか読んでいない小説を鞄に戻すと、隣からの異様なまでの視線に気付いた。それは、貫くようでもなく、それでいて見下しているわけでもなく、どこか憧れと期待を持ち、話し掛けられるのを今か今かと心待ちにしているような そんな、恋をしたような目だった。 「……なんだよ、繭、僕の先刻の人生最大ともいえるあんな愚行を今まで見ていたのか?」 先程は考えることに集中していたので、隣の視線に気を張っておくのだと今更後悔した。肝心の繭はというと、今まで僕に寄せていた目を細めると 「おかしい」 と、一言、たった一言僕に呟いた。『おかしい』。確かに僕は頭が他の皆よりおかしくて愚か者で貧弱なのは認めよう。だがしかし、だがしかしだ。それこそこの僕の矮小さ加減をたった一言で述べられるのも幾分か悲しい気がする。いや、こいつは元々こういう女だったか。 「違う。おかしいのは一夜の方じゃなくて、なんでメイドと妹はあなたの候補に入っているのに私は入っていないのかってことよ。」  ……呆れた。それはもう先のわかる映画のごとく、先のわからない線路のごとく呆れた。呆れて呆れて呆れ尽くしてまた呆れて少し呆れてちょっと呆れて十分呆れて散々呆れていっぱいいっぱい呆れ塗れた。 「ねぇ、そんなのおかしいでしょう?」  繭は僕の体にその豊満な体をすりよせながらそんなことを言ってきた。 「ふん。繭、お前が僕の候補に入りたいんだったら今が授業中だということを考慮してその暑苦しい体を退かすんだな。」 「いや、私のこの想いはそんな授業なんていう低俗で下粋なものには屈伏しないわ」  そう、今は授業中。他の生徒達は僕たちの情事が気になるのか、板書しながらこちらをちらちら見てきている。繭に好かれてからというもの、こういう場面は珍しくない。いや、むしろ1日に一回無い方が珍しいだろう。  そしてそれ故なのか、どうかはしらないが、僕は繭の友達から何故繭と付き合わないのかと幾度も聞かされる羽目になった。そして、その度に僕は思うのだ。  何故あの女は人じゃない物をああまで好きになれるのだろう、と。 「それは、私も人じゃないからよ。」  なんともいいえて妙だった。
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