死都

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静々と月光が降り注いでいた。 砂塵を踏む音などないに等しい。 後ろを振り返れば今まで残した足跡を砂が掠っていく。 夜の砂漠は冷え込む。 生き物すら見掛けないこの世界。 それが形作るものは“虚無”とでも言うべきだろうか。 色彩は単純なものばかりだ。 天上に在る青白い月だけが、行き先を照らしている。 心細くはなかった。 旅慣れているが故だろう。 流浪の身ならではの、研ぎ澄まされた感覚が物を言う。 馬上の男は天を見上げた。 褐色の肌。 両の眼に宿る漆黒の光。 長く伸びた黒い頭髪を纏める赤の紐が、やけに鮮やかに目に映る。 馬に跨がる姿勢は美しく、どこか威風堂々たるものである。 その身体は鍛え上げられたサーベルの刃を思わせるように細身で、だが無駄がない作りとなっていた。 北方系というよりは、南方を彷彿させる顔立ちである。 褐色の肌は砂漠の民である象徴。 長く伸ばした頭髪も、男の生まれを象徴するものだ。 アシュタール人。 褐色の肌と黒い瞳を持つ者への呼び名。 しかしながら、既に滅びた民族と言われているが故に、その呼び方はもはや消滅しつつある。 主流民族がフロンティアを占めるこの世界では、男は異種であった。 男自身もそれを理解している。 行く先々で顔を合わせる殆どの人間は、己を見るたびに好奇の眼を向けてくる。 それを心地良く思いはしない。 だが、それを逐一気にするほど神経が細くもない。 砂漠を彷徨する間は、そういったことを考えずに済む。 やはり、死都と言われようが祖国は祖国である。  
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