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九月に入ったばかりの東京の空気は、まだ夏の余韻に浸っているのか、蒸し暑く湿った風がアスファルトを舐め回していた。
星も出ていない藍色とでも表現すべき夜空には、赤々と聳え立つ東京タワーが、遠くからでも嫌という程良く見える。その東京タワーを、レインボーブリッジを走るベンツから眺めている人が居た。手元には、必要な物を詰め込んだだけのように、バッグが一つある。
「東京…日本…。」
柱の隙間を縫うように見える真っ赤なタワーを、その者はどこか懐かしそうに呟いて見る。タワーを見つめるその瞳は、何故か燃えるように、だが深い赤色をしていた。とそこへ、タワーを見つめていた者に、ベンツの運転手がバックミラー越しに声を掛ける。
「若、もうすぐお着きになります。」
それに、深紅の瞳を持った少年とおぼしき者が、頭を軽く下げて頷いた。運転手が再びハンドル操作に戻った事を横目で確認してから、少年はもう一度、東京タワーを無言で見つめる。そうして、表情のない顔に悩ましげな色を浮かべたのだった。
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