五月

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予備校生活やコンビニの仕事にもだいぶ慣れ、新生活と言うものに適応しつつあった。 相も変わらず予備校では黙々と授業を聞くだけで、交友関係を構築する気は全く無かった。そもそも最初は予備校に行くことすら否定的だった僕が真面目に予備校に通っていること事態意義のあることだと思う。 自身が分からないところの解説は授業のほんの数割、下手すれば数厘の時さえもあるだろうと考えていて、そのためだけに膨大な金を支払って貰うことへの抵抗はあった。受験料の負担を強いられるほどに暮らし向きは楽ではない。 でも月日は流れ予備校に通わせて貰って良かったと思っている。授業の合間の雑談は僕を大いに引きつけるものだった。先生によれば楽しい話しだったり、自身の受験生時代を振り返った話しだったりするわけだが、何よりも楽しみだったのは哲学的な話しだった。 恐らくは受験勉強にとって哲学的な話しなど役にはたたないだろう。だが僕を引きつけたのはそんな小さな枠にとらわれない先生のスケールの大きさだった。 「しばし受験生は受験勉強に役にはたつか否かと言う尺度で物事を見てしまいます。しかしながらそれはあまりにも偏狭な見方だと思います。受験に成功することだけが人生の全てではないはずですよ。確かに受験生は余裕のない日々を送られているでしょう。そんな時こそ立ち止まる余裕が必要なのです。」 コンビニでのアルバイトと共に先生の雑談はふと立ち止まらせてくれる時間を与えてくれるオアシスのような空間を提供してくれる。そんな空間に入るだけでも予備校に行く価値は充分にあるものと思われた。 アルバイトが休みの日は授業が終わってからも遅くまで自習室で勉強している。こんな生活スタイルにも慣れた。 自習室で制服を着ている子を見かけると現役生だとすぐに判別がつくので、負けてなるものかと闘志が燃える。志望校が違っても構わない。現役生には負けたくないという僕なりのモチベーション維持法の一つだった。 現役生の時よりも勉強に対しての入れ込み方が違う。浪人生になって僕は成長したのだろう。 机にカバンを置いて椅子に腰掛ける。ふうっと大きく息を吐いて天井を見上げた。 少なくとも現役生の時より楽しい日々を送れていた。
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