五月

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「隣いいですか?」 勉強に集中してきたころに聞こえた女の子の声。以前にも聞いたことのある声だった。振り返って顔を見た。僕に勉強を教えてもらおうとした人だった。 「個別の机なんでいちいち許可を得なくても構わないシステムだと思いますよ。」 僕はそう言って勉強を再開した。 チッと舌打ちが聞こえたような気がしたがいちいち対応したくない。勉強をしたくて自習室にやってきているのだ。本質を見誤ってはならない。 ただ彼女が僕の隣に座った拍子に思い出したことがあった。以前彼女は去り際に僕に対して『女心が分からない』などと言っていた。あれは一体どういう意味なのだろうか?非常に気になる。 聞いてみようか?いや、あくまでもここは自習室だ。雑談の場ではない。かと言ってうやむやのままにしておくと勉強に支障が生じる。余計なことをしてくれたなと今更ながら思った。 「ねぇねぇ、この問題教えてくれない?」 隣に座った女の子は小声で聞いてきた。 僕に問題集を渡してきたので、それを受け取り分からないという問題を見てみた。それは古文の問題で助動詞の活用形と本文における意味を問うものだった。問題の作成者からすればサービス問題で、いやしくも大学受験生ならば解けなければなりませんよと言った意図がプンプンする問題だ。 こんな問題すら分からないのかと驚くと同時に少しは考えてから聞いてみろよと言う彼女の安直さに呆れてしまった。座って数分も経っていないのだから。 因みに問題集の最後には答えが載っていたので、それを見るように言おうかと思ったが、僕が抱いている疑問点に答えて貰おうという交換条件を思いついた。 「教えてもいいけれど、この前君が僕に言った『女心が分からない』の真意を教えてくれないかな?ギブアンドテイクだと思ってくれよ。」 彼女はそれを聞いて一瞬驚いた様子だった。だがすぐさまニヤリと笑った。 なぜ笑うのか僕にはさっぱり分からなかった。 「最初に聞いたのは私だから、先に教えてよ。」 「これは使役尊敬の助動詞『す』の連用形で意味は『使役』だよ。」 「どうしてこの場合『使役』になるわけ?使役か尊敬になるかの判別法ってあるの?」 「ちょっと待ってよ。僕は最初の質問に答えたでしょ?次は君が僕の質問に答えるべきだ。」 いつの間にか僕たちの話し声は小声ではなかったらしい。 誰かが職員を呼んできて僕たちは自習室から追い出されてしまった。
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