深草 薫

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 とさっ、と積もった雪が落ちたような音が近くでした。  いつの間にかカウンターで居眠りしていたようだ。わたしは音がした方向に視線を滑らせる。ーーーーーー開いた状態で新書が落ちていた。それを確認すると即周りを見回した。この心地良い静寂に似合う風景だ。うん、誰もいない。わたしは仕方なく重たい腰を上げ新書を拾いにいった。体が重い。とても。  落ちた新書を拾い埃を払ってから元の位置に戻そうとして、ふと表紙に目がいった。どこまでも真っ赤で、それゆえに不気味な印象を与えてくれる表紙だ。強いインパクトを受けたのでよく覚えている。確か、わたしがここに入った時にはなかった。そして、今日に限ってはまだ誰一人この図書室に来た生徒はいない。  まさか。  心臓が不規則に乱暴なまで脈動するのがわかった。緊張でやや震える指を働かせそっと裏表紙をめくる。瞳孔が大きく開いた。視線の先にある貸出カードに釘付けになった。そこに書いてある名前を、無意識に呟いてしまう。 「…………深草薫」  その声を静寂が飲み込んでいった。ふかくさかおる。深沢でも深田でもなく深草。聞き慣れない苗字だ。薫という名前も珍しい。
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