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  *    バスに乗ったのは繁華な駅前だった。その後、乗り継ぎを繰り返しながらおよそ二時間弱。車体の中で揺られ続けると、辺りの風景は一変した。それまで視界を遮っていたビル群は姿を消し、代わりに広がるのは、風になびく緑の苗が植え付けられた田んぼだ。遠くに、薄墨で刷いたような低い山々と、時折民家の屋根がのぞく。  見る者が、強制的になつかしさを覚えるような風景だ。  バスの一番後ろの席を陣取って、見るともなしに、窓の向こうを走り去る風景を眺めていた名竹凛子(なたけ りんこ)は、自分が妙な感慨に陥っていることに気づき、苦笑した。  どうやら里帰りとは、こんな無感動な人間にも、何らかの作用をおよぼすものらしい。  あの山に埋もれた村での生活など、とっくにその辺の道端に丸めて捨てたと思っていた。なのに、いざ故郷の風景を目の当たりにすると、胸にこみあげるものが残っていたというのだから、どうやら自分は自分で思っていたよりも未練がましい人間らしい。    
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